粥見井尻遺跡

粥見井尻遺跡



平成8年9月、松阪市飯南町の粥見井尻遺跡で縄文時代草創期の土偶が、ほぼ完全な形で発見されました。約1万年以上も前に土器や弓矢が使われ始めた縄文時代草創期のもので日本最古のものの一つです。土偶は、女性の上半身を形どった、全長 6.8cm、幅4.2cm、厚さ2.6cmの小さなものですが、縄文時代の暮しや社会の様子などを知ることのできる大きなヒントになると全国から注目されました。


粥見井尻遺跡から2つの土偶が発見され、そのうち1つはほぼ完全な形で、もう1つは頭だけのものが別々の竪穴住居跡から発見されました。2点とも同じ大きさ、形で、砂粒の混じりの少ない粘土が使われ、明るい黄土色をしています。

土偶は遊動生活をしていた旧石器時代には無く、定住を始めた縄文時代に流行し、その後本格的な農耕を始めた弥生時代には消えています。

粥見井尻遺跡では、竪穴住居跡が4棟見つかりました。長い旧石器時代から縄文時代へ移行した時で、旧石器時代の住居が平地に屋根をかけた簡単なものであったのに対し、縄文時代の始まりの頃には直径4~6m程度、深さ1m程度地面を掘って、垂木を立てかけ屋根を葺いた住居跡が出現したようです。

住居跡では、一度に1棟か2棟が建ててあり、2、3回立て替えられています。旧石器時代と違って同じ場所に住み続ける「定住」が始まったことがうかがえます。また、家の大きさから数人から十数人住んでいたと思われ、縄文初期の竪穴住居がたくさん見つかることは、日本中でも大変珍しいことのようです。

平成8年(1997年)松阪市飯南町粥見の国道368号のバイパス工事に先だち、道路予定地で行われた発掘調査で、竪穴住居跡と土偶が2個発見され、鑑定の結果、日本最古のものとわかったため、地名を取って「粥見井尻遺跡」と名付けられました。

遺跡の周りは茶畑が広がり、櫛田川がすぐ近くで、のどかなところです。

松阪茶として、深蒸しにしてコクがありまろやかな美味しいお茶の産地です。

土偶は、県の有形文化財に指定され、県埋蔵文化財センターに保管されています。また当初土盛で計画されていた国道が高架の工法に変更され、縄文人の竪穴住居が復元されています。

このあたりは、櫛田川が大きく蛇行しているところで、この櫛田川の近くで花開いた縄文人の生活がしのばれます。